井上千鶴の言葉
井上千鶴のことば
写真(フィルム)
先日フィルムを見出して奈良の鹿を見ました。
鹿の角きりと書かれたファイルを取り出すと色々なシーンの鹿が出て来ました。
観光客から「鹿せんべい」をねだる姿、母鹿のおっぱいを一生懸命まさぐる仔鹿、
車道をゆったり歩く鹿、街中のゴミを狙う鹿、夜の公園で樹の下に群れて寝る鹿達。
いろんなシーンの鹿を撮っています。
そんな中から、娘が出て来ました。小学校高学年か中学校に入ったばかりのまだ
幼なさが残る顔で鹿達に囲まれてバンザイをしています。
思い出しました、鹿を撮りに3人で奈良公園へパンを持って行った時の事です。
パンを取り出すと、その辺りに居た鹿が我れ先にと、集まり、娘が手に持っていた
パンは、あっという間に食べられ「もうないよ。」と言わんばかりに石の上に登り
バンザイのポーズをしているショットを博道が撮ったのでした。
35年程も昔の事ですが、その時のシーンが今も昨日のように思い出されます。
一時、じっとそのフィルムに見入りました。
人を撮ったものは特に、その時代、時間を色濃く写します。
時を経て、それをみると、その場面を通して見えてくる(考える)物の多さに
驚くと同時に楽しみも生まれます。
写真の大きな効果なのでしょう。
私は今、人間ドックの前に入院しています。朝の検査が始まる迄の間、ビルに囲まれた
窓から空を見ています。
昨夜までの厚い雲が3時間程の間にすっかりとれ、爽やかな青空が広がっています。
人と時間の経過は、いつ迄たっても解らない不思議なものです。
しかし、写真はその一瞬、一瞬をフィルム(今はデジタルですが)に止め記録に残します。
時間が経って、その撮影を見る時、その一瞬がよみがえります。人の記憶は、
そのワンショットに刺激され周辺の出来事までどんどん出てきます。
おもしろいものです。
そろそろ、朝の検査が始まります。