井上千鶴の言葉

井上千鶴のことば

 

 

 

母 96歳

 

私の母は96歳。介護施設に入所しています。

週に2~3回私が行くと必ず昔話をしました。

もう幼い頃より何度も聞いている話ですが、本人にとっては初めて話すように少女時代の話を嬉々として語ってくれました。

その話には私の父のことや私や兄という自分の家族のことはほとんど出来ません。

どういうわけか自分を可愛がってくれた祖父(母の)のことと自分の得意だったことです。

その時代が母にとっては一番喜ばしいときだったのでしょう。

2年前より、父のことを話してもほとんど覚えてないようになりました。

最近は私の子供のことも忘れているようですが、ただ、小学4年生の孫(母にとっては曾孫)だけは一緒に連れて行くと大変喜びます。

多分、子供が大変好きな人だったのでそうなるのでしょう。

年を重ねていろいろな記憶が遠のいても、最後には自分の一番大切な思い出と好きなことだけが残るのでしょう。

チョコレートを口に含ませたとき、幼な子のような嬉しそうな顔の母を見ると、人の最後はこのように童に帰っていくものなのだろうかと思います。

それが幸か不幸か母に尋ねても答えてはくれません。

今はほとんどの時間、まどろんでいます。

 

 

 

 




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